ネコヤマンガ

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田中優子著「遊郭と日本人」を読んだ

遊廓と日本人 (講談社現代新書)f:id:oxoxoxoxoxox:20240224010321p:image

↑大吉原展のプレスリリースより詳細https://www.nekoyamanga.com/entry/pressrelease

田中優子著「遊郭と日本人」を読みました。

田中氏は女性の権利向上に関して、非常に熱心な思いを持たれていることは私は理解したのですが、肝心の江戸時代の遊郭の実態に関して、かなり表面的なきれいな部分の記述が多く、上品に書き連ねてあり、なぜ汚い部分(梅毒や淋病等にかかった遊女の詳しい記述やその絵や症状や治療方法や、「洗浄室」や避妊方法の実態、遊女の質素な食事内容、2万5千人入っているという遊女の墓などなどの写真など)

例→https://www.goshuinbukuro.com/entry/2017/05/31/231330

花柳病 (ですぺら掲示板2.0) 

…を書かないのか、この著者は遊郭に対してどういうスタンスを持っているんだろう、むしろ遊郭に好意的な印象を受け、疑問を感じながら読み進めました。例えば、

教養高く優れた人柄の遊女がたくさんいて、文学にも書かれました。(P.46)

どんな子だって、しかるべき教育を受ければ、教養は高くなります。「優れた人柄の女性が高い教養を付けるには、当時は遊女として生きるしか道はありませんでした。」と、私なら書くと思いました。

結婚は結婚、恋は恋と割り切ることができればいいわけで、(P.54)

…なんでこんなに遊んでる男側を擁護しているんだろう。そのほか内容も、菊だ夜桜だ俄(にわか)だと、プレスリリースとまったく被るところが多く、なるほどキュレーターは、この本から展覧会の着想を得たんだなぁと感じました。

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なんでこんな遊郭に好意的な、「遣り手婆(やりてばばあ)」が書いた本みたいな本なんだろうと正直むずがゆさを感じ、一体なんなんだと思っていたら、あと5ページで終わる頃に、ポロッとこの1行に出くわしました。

「待合の女将をしていた私の祖母は、私の幼少時には女将を辞めていましたが、キセルを吸っていました。」

…「待合」?なにそれ。…「待合」に関する記述が、特に見当たりませんでした。…。それで、仕方なくググったたところ、風俗ユーザーの男が書いたと思われる不快極まりないブログで、その意味を知りました。どうせ暴露するならそこはボカさず、女性の知る権利のために、情報を開示すべきではないでしょうか。

遊郭に行くとは女を買いに行くことであるが、待合に行って芸者と遊ぶとなると、三味線の一つも奏でるということでオブラートをかぶせるという利点があった。

待合とは何だったのか(前編) | さすらいの天才不良文学中年 - 楽天ブログ

田中氏はまさに、お祖母様ががいわゆる「遣り手婆」だったため、売春を美化したい気持ちが心のどこかにおありになるのだと理解しました。

年齢を重ねてしまった遊女は、遣手として生きるしか方法がなかったのです。給料は無給か少額で、客からの祝儀金や遊興費の歩合が収入でした。

漢字クイズ!「遣手」ってなんて読む?江戸の遊郭・吉原で生まれた言葉なんです | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る!

と、ここまで書いて、同じことを書いてらっしゃる方がいることに気づきました。ワタクシ、この方とほぼ同感です。↓

https://www.honzuki.jp/book/306365/review/274769/

田中氏が遊郭の負の部分と向き合い、そのような痛ましい事実の記述も、展覧会の展示もなされることが、ひいては、田中氏ご自身がおっしゃられるような、今後の日本の女性の権利の向上につながることと私は信じております。

 

売春業関係者の孫であるおばあさんが綺麗事ばっかり書いた本にインスピレーションを受けたおじいさんたちが、その本のそのまんまの世界観で展示会のキュレーションを権力を使って国立の美術大学でできちゃうことと、それに対して若手が何も言えないか言わないか、または何も感じないかする状況に、疑問と危機をワタシは感じます。

ともあれ、遊郭の負の部分に触れた展示がなされることを切に期待しております。#大吉原展

はいはい、きれいですね、桜ね、はいはい。

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参考資料・

父の職業を周囲に明かすことはできず、京都の私立中学校へ通う際は、父は親戚が経営する会社へ務めていると偽った。「なんでこんな商売をしたのか。恥ずかしい」と父をなじった。その後の会社勤めや私生活でも、親が遊郭を経営していた事実が尾を引きずった。

「日本は貧しかった」京都の遊郭の「生き証人」が語る 「男の川」の栄華と抗えぬ運命の陰|社会|地域のニュース|京都新聞

子は反発するけど、孫は、そんな母親を見て、「まぁまぁ。おじいちゃんだって仕方なかったんだよ。遊郭だっていいところあったはずだよ。」と、男性側の視点に立ってなだめたはずです。

売春業関係者やその子や孫って今日もたくさんそこらへんにいらっしゃるわけで、彼女らのメンタルケア的なことにも国は着手するべきであり、おじさんだらけの国会ではそんなこと望めなそうなので、せめて女性アーティストたちだけでも、立ち上がって欲しいものです。